平成27年4月より、”音”についても商標登録が出来るようになりました。
特許庁の特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)で調べたところ、登録できなかったものも含めて710件の案件が検出されています(2021年8月24日現在)。
著名なところでは、
・登録5804299号「HISAMITSU」(久光製薬株式会社)
・登録5805052号「ビオレ」(花王株式会社)
・登録5813496号「カラリオ」(エプソン販売株式会社)
などが登録されています。
皆さまも、テレビCM等で一度は耳にした事があるのではないでしょうか。
これらの音の商標については、従来は商標登録の対象とはされていませんでした。
しかし、近年のデジタル技術の急速な進歩や商品又は役務の販売戦略の多様化に伴い、企業が自らの商品又は役務のブランド化に際し、文字や図形のみではなく「音」についても商標として用いるようになってきていることから、制度が拡充され、「音」についても商標登録を受けることが出来るようになりました。
ただし、「音」といっても、世の中には様々な「音」があり、そのすべてについて商標登録を受けられるわけではありません。
では、どういった「音」であれば商標登録を受けることができるのでしょうか?
また、どういった「音」は、商標登録を受けられないのでしょうか?
ここでは、「音」の商標とはどんなものか、また、商標登録に適した「音」とはどういったものかについてご説明します。
◇目次
1.音の商標登録とは
商標登録出来る「音」とは何でしょうか?
この点、特許庁のウェブサイトでは、以下のとおり表現されています。
音楽、音声、自然音等からなる商標であり、聴覚で認識される商標
(例えば、CMなどに使われるサウンドロゴやパソコンの起動音など)
それでは、その「音」商標を登録するメリットとはなんでしょうか?
この点、登録5804299号「HISAMITSU」(久光製薬株式会社)の例では、以下が音の商標として登録されています。
上記の「ミ・ラ・ミ・ファ♯」の音程で発音される「ひ・さ・み・つ」については、皆さん、テレビCMなどで一度は耳にされたことがあるかと思われます。
こういった「音」についても、商標としての機能(自己の商品・サービスと他人の商品・サービスとを識別する機能)を有することから、商標登録ができるようになったものです。
上記の「HISAMITSU」の例では、これを耳にした際に、「久光製薬株式会社のCMの音だ」と認識させるものであり、このため、商標としての機能を有するということができます。
このような音の商標を登録しておくことによって、他者が同様の音を宣伝・広告等で使用する行為を防止出来ることとなります。
2.「音」の登録商標と著作権との保護の違い
上記の「音」の商標には、「楽音」(音楽の音)も含まれます。
この点、自分が作成した、ある楽音について保護を受けたい場合に、”著作権”と”商標権”のどちらで保護を受けるべきか、といった事を疑問に思われるかも知れません。
まず、著作権と商標権では、保護の目的が異なります。
(保護の目的)
・著作権…著作物等の「文化的所産」の公正な利用に留意しつつ、「著作者等の権利」の保護を図る
・商標権…商標の使用をする者の「業務上の信用」の維持を図り…あわせて「需要者の利益」を保護する
すなわち、
・”著作者等の権利”を保護するのが「著作権」
・”商標を使用する者”や”需要者の利益”を保護するのが「商標権」
ということとなります。
上記を踏まえ、では、どういった違いがあるかですが、大きな相違点として、著作権における保護を受けるためには、「依拠性」が必要になります。
例えば、自分の創作した楽曲と、とても似通った曲を他者が使用したとします。
当該他者に対してその使用の停止を求めたい。
この場合、著作権に基づく場合には、”その他者が、自分の著作物(楽曲)に基づいてその楽曲を創作した”という事実(依拠性)が必要となります。
すなわち、その他者があなたの楽曲を知らず、「たまたま似通った曲ができた」といった場合には、その他者の行為は、著作権の侵害とはなりません。
このため、この場合には、あなたが、著作権に基づいてその他者に楽曲の使用の停止等を求めることは出来ないこととなります。
一方で、商標権の場合には、上記のような「依拠性」は必要有りません。
その他者の使用する楽音が、あなたが商標登録した”音の商標”と同一又は類似(似通っている)であれば、その使用の停止等を求める事が出来ます。
ただし、商標権には「指定商品・役務」という保護範囲が定められており、その範囲内でしか保護は受けられません。
また、その保護を受けるための手続についても、以下の通りの違いがあります。
(保護を受けるための方法)
・著作権…著作物を創作した時点で、自動的に保護対象となる(登録は必要なし)
・商標権…保護を受けるためには、商標登録することが必要
この点、音楽(楽音)を創作した場合に、「著作権と商標権、どちらで保護をうけるべきか」との疑問については、以下のとおり整理できます。
・著作権は登録しなくとも発生しますので、保護を受けるために登録等は必要有りません。
・ただし、著作権による保護を受けるためには、「依拠性」(他者が、あなたの著作物に基づいて創作をした事)が必要となります。
・このため、「依拠性」の有無に左右されず、より確実に創作物(楽音)を保護したい場合には、商標登録を検討すべき
ただし、商標権は、特定の「商品」や「役務」について使用をする商標を保護するものです。
このため、登録をする際には、具体的に、保護対象となる「商品」や「役務」を指定する必要が有る点に注意が必要です。
例えば、登録5804299号「HISAMITSU」(久光製薬株式会社)の例では、「薬剤(農薬に当たるものを除く。)」が指定されておりますが、この場合、当該商品分野での使用についてのみ保護される、ということとなります。
この点、ある楽音を創作した場合であって、当該楽音を、何らかの商品の販売や役務(サービス)の提供のための広告などとして使用する予定がある、、といった場合に、商標登録を検討するのが適切と考えられます。
ただし、楽音ではあっても、需要者にクラシック音楽、歌謡曲、オリジナル曲等の楽曲としてのみ認識される音(CM等の広告において、BGMとして流されるようなもの)は、「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標」と判断されて商標登録ができませんので、注意が必要です。
3.登録例でみる音の商標のパターン
ここでは、音の登録商標のパターンをいくつか紹介します。
(1)音が言語的要素を含む場合
例)登録5805582号「あじのもと」(味の素株式会社)
音が言語的要素を含む例です。
例として挙げた「あじのもと」では、メロディにのせて企業名が読み上げられています。
ほか、メロディにのせて「商品名」を読み上げるケースもあり、音の商標では最も典型的なパターンとなります。
(2)言語的要素を含まない音商標
例)登録5985746号 (大幸薬品株式会社)
言語的要素を含まない例です。
企業名や商品名等は含まれない、トランペットの音のみから構成される音の商標となります。
著名な胃腸薬のテレビCMで使用されているもので、皆さんも一度は耳にされた事があるかと思われます。
(3)五線譜によらないもの
例)登録5988523号 (株式会社Runway)
音の商標は、五線譜との組み合わせで登録される事が多いですが、本件のような「文字」による説明でも良いこととされております。
なお、音の商標の出願においては、願書とは別に、当該音商標に係るMP3ファイルの提出が必要とされます。
4.音の商標登録の要件について
では、音に係る商標であれば、どういった商標でも登録できるのでしょうか?
この点、ある一定の商標については登録ができないこととされております。
以下に、登録ができない主な商標の例を記載します。
(1)その商品又は役務について慣用されている商標
以下のような音は、指定商品・役務との関係で慣用されている(一般的に使用されている)商標であるため、登録出来ません。
・商品「焼き芋」について、商標「石焼き芋の売り声」
・役務「屋台における中華そばの提供」について、商標「夜鳴きそばのチャルメラの音」
(2)商品又は役務の特徴に該当する商標
以下のような商標は、商品が通常発する音又は役務の提供にあたり通常発する音を普通に用いられる方法で表示するものであるとして、登録できません。
・商品「炭酸飲料」について、「『シュワシュワ』という泡のはじける音」
・商品「目覚まし時計」について、「『ピピピ』というアラーム音」
・役務「焼き肉の提供」について、「『ジュー』という肉が焼ける音」
・役務「ボクシングの興行の開催」について、「『カーン』というゴングを鳴らす音」
(3)極めて簡単で、かつ、ありふれた商標
以下のような商標は、「極めて簡単で、かつ、ありふれた標章」として登録できません。
・単音やこれに準ずる極めて短い音
(4)需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標
以下のような商標は、「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標」として登録できません。
・自然音を認識させる音
・需要者にクラシック音楽、歌謡曲、オリジナル曲等の楽曲としてのみ認識される音
(例:CM等の広告において、BGMとして流されるような楽曲)
・商品又は役務の魅力を向上させるにすぎない音
(例:商品「子供靴」について、「歩くたびに鳴る『ピヨピヨ』という音」)
・広告等において、需要者の注意を喚起したり、印象付けたり、効果音として使用される音
(例:商品「焼肉のたれ」の広告における「ビールを注ぐ『コポコポ』という効果音」)
・役務の提供の用に供する物が発する音
(例:役務「車両による輸送」について、「車両の発するエンジン音」)
(5)公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標
以下のような商標は、「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」として登録できません。
・我が国でよく知られている救急車のサイレン音を認識させる場合
・国歌(外国のものを含む。)を想起させる場合
(6)商標登録出願の日前の商標登録出願に係る他人の登録商標又はこれに類似する商標であつて、その商標登録に係る指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの
その商標登録出願日前にされた他者の登録商標と同一又は類似(似通っている)場合には、商標登録できません。
なお、似通っているかどうかの判断は、”音商標を構成する音の要素及び言語的要素(歌詞等)を総合して、商標全体として考察”されることとされています。
5.音を商標登録する時の注意点(著作権との関係)
以上のとおり、音の商標の概要及び登録要件について概観してきましたが、1点、注意を要する点があります。
当該「音」の商標が音楽(楽曲)で有る場合における著作権の問題です。
商標登録を受ける当該「音」が楽音である場合であって、当該楽音に著作権が有る場合には、出願に当たって当該著作権者の同意が必要となります。
このため、楽音を商標登録する際には、その楽音が著作権の対象となるものであるかどうかを確認した上で、著作権者が存在する場合には、商標登録についての同意を得るなどの権利処理を事前にしておく必要があります。
以上、音の商標についてその概要を説明させていただきました。
テレビCMに限らず、インターネットによる動画配信等が広まっている現在では、商品の広告動画を企画・製作される機会も多いかと思われます。
そういった際に、本記事をご参照いただき、商品の宣伝広告に使用される「音」を商標登録すべきかどうかの判断に役立てていただければ、幸いです。