意匠権(いしょうけん)とは、物品や建築物、画像の工業デザインを保護する権利です。意匠権を取得したデザインの生産や使用、販売などを独占できるようになります。
意匠権を取得するには、まず特許庁に意匠出願の手続を行います。そして、審査官による審査を受け、意匠権の設定登録が行われると、意匠権が発生します。登録されると、特許庁が発行する「意匠公報」に掲載され、意匠権の内容が広く一般に公表されます。
本章では、意匠権の概要、意匠登録に必要な手順、意匠登録の条件をわかりやすく説明します。
◇目次
意匠権とは
意匠は、意匠権で保護されます。
意匠権を侵害する者に対しては、裁判において、侵害行為の差止や損害賠償を請求することができます。
意匠権が無いと、その意匠にかかる製品のデザインを独占的に実施できません。すなわち、第三者の無断実施を排除できないため、模倣品による侵害行為を許してしまうことになり、不当な損害を被る恐れが生じます。
なお、権利期間は、出願日から最長25年(2007年4月1日から2020年3月31日以前の出願は登録の日から最長で20年、2007年3月31日以前の出願は登録の日から最長15年)です。
◆意匠法で保護される意匠の種類
意匠法において「物品(物品の部分を含む。以下同じ。)の形状、模様若しくは色彩若しくはこれらの結合(~中略~)、建築物(建築物の部分を含む。以下同じ。)の形状等又は画像(~中略~)であつて、視覚を通じて美感を起こさせるもの」と定義されています(2条1項)。なお、意匠法改正により、2020年4月1日から物品のほか建築物や内装のデザイン、画像も保護対象に含まれるようになっています。
保護される「意匠」には、次のようなものがあります。
- 物品のデザイン
机、椅子、コップ、衣類、携帯電話、ノートパソコン、自動車、家電など - 画像のデザイン
ウェブサイトの商品購入用画像やアイコン用画像、時刻表示画像など
機器の操作に供される画像、機器が機能を発揮した結果として表示される画像 - 建築物のデザイン
商業用建築物や住宅、競技場など
土地の定着物かつ、人工構造物(土木構造物を含む)である建築物 - 内装のデザイン
店舗や渡り廊下の内装など。複数の物品、壁、床、天井等から構成される内装のデザインも一意匠として登録可能
なお、物品が特定されない抽象的なモチーフ、無体物は意匠法で保護されません。
意匠登録の出願の手順
意匠登録の出願前にまず調査を行います。その後で願書を作成し、審査を受け、登録が認められれば意匠権を取得できます。
◇先行意匠調査
意匠登録の出願前に先行する意匠がないか調査します。既に同じような意匠が公開されている場合、出願しても登録を受けられないためです。
また、意匠権が設定されているものを無断で使うと意匠権の侵害となる可能性もあります。調査の目的は、主に下記の3つです。
- 抵触調査
新たに生産、販売する製品のデザインが他人の意匠権を侵害するものでないかを判断するため、製品の生産前に、他人の意匠権の有無を調査します。生産前に他人の権利の存在がわかれば、設計変更をすることにより、他人の意匠権侵害を回避できます。特許情報プラットフォーム「J-PlatPat」の意匠登録データベースで状況を確認しましょう。 - 他社の権利調査
他社の意匠権の取得状況を調査することにより、その会社のデザイン活動の状況を把握できます。他社と抵触しない方向へとデザイン活動の方向性を定めることにより、効率的に自社独自のデザインを開発することが可能となります。 - 公知意匠調査
外国意匠公報や国内外の雑誌、カタログ等を調査することにより、意匠の出願前に既に公知になっていた意匠を把握できます。
なお、意匠の審査においては、登録意匠のほか、公に知られた意匠、刊行物に記載された意匠も先行意匠となります。事前に登録性の有無に関する完全な調査を行うことは困難です。
◇意匠登録願の作成
先行調査を終えたら、特許庁へ提出する意匠登録願やデザインを記した図面を用意します。出願書類は、下記の内容を押さえて作成しましょう。
- 出願人の特定
誰の名義で出願するのかを決めます。意匠出願をすることができるのは、意匠を創作した人、または創作した人から意匠登録を受ける権利を譲り受けた人です。法人の出願も可能です。 - 意匠を創作した者の特定
意匠出願の願書には、意匠を創作した者の住所と名前を記載します。住所は勤務先の住所でも問題ありません。 - 意匠の形態の特定
どのような意匠について権利を取りたいのかを、図面、写真等で特定する必要があります。
- 図面による特定
出願に係る意匠を図面で特定する場合、正投影図法により作成した6面図(正面図、背面図、平面図、底面図、右側面図、左側面図)により意匠を特定するのが一般的です。6面図によって意匠の形態が十分に特定できないときは、断面図や斜視図を追加します。
また、立体の表面の形状を特定するために、図面中に陰を表す点や線を記載することができます。
<図面の具体例>
- 写真による特定
製品が既に完成している場合、図面のほか、写真によって意匠を特定することもできます。その場合も、図面による場合と同じく、基本6面図(正面図、背面図、平面図、底面図、右側面図、左側面図)を作成する必要があります。
<写真の具体例>
- 図面による特定
- 物品名の特定
意匠登録を受けようとする具体的な物品名を記載しなくてはなりません。意匠に係る物品は、図面等に記載された意匠の形態とともに、意匠権の効力が及ぶ範囲を決めるものです。意匠法施行規則に具体例が挙げられています。
- 意匠法上の物品
- 有体物であること
- 動産であること
- ある程度量産できること
- 取引の対象になること
- 定型性があることが必要です。
- 意匠法上の物品
- 出願方法の選択
意匠出願には、通常の意匠出願のほか、部分意匠、関連意匠、組物の意匠、動的意匠、秘密意匠など様々な出願方法があります。出願方法を決め、願書を提出します。
◇意匠審査
出願後は、特許庁で書類様式の審査(方式審査)と意匠審査官による審査(実体審査)が行われます。意匠登録の要件を満たしていれば「登録査定」、審査官が登録要件を満たしていないと判断した場合は「拒絶理由」が通知されます。
拒絶理由が通知された場合、以下の対応が可能です。
- 意見書の提出
審査官の主張する拒絶理由に納得できない場合、意見書を提出して反論することができます。十分な反論をすれば、審査官の判断を覆すことが可能です。 - 手続補正書の提出
願書や図面に不備がある場合などには手続補正書を提出することで、拒絶理由を解消することができます。なお、出願の要旨を変更する補正は認められません。図面や意匠に係る物品を変更する補正は、軽微な瑕疵を正す場合を除き、原則として要旨の変更に該当します。何ら対応しない場合は、原則として拒絶査定されます。
◇意匠登録の手続
審査を通過し、登録査定がなされると特許庁から登録査定謄本が送達されます。査定謄本の送達の日から30日以内に登録料を納付すると、特許庁の意匠登録原簿に意匠権として意匠が登録されます。 意匠登録を受けると、意匠登録証が交付されます。
また、特許庁が発行する意匠公報に掲載され、誰もが閲覧できます(秘密意匠を除く)。
意匠権を申請して権利化されるまでの期間は、どのような物品の意匠を取得したいかにもよりますが、6~8カ月程度です。
意匠登録の出願・登録にかかる費用
- 意匠登録出願費用(印紙代) 16,000円
- 意匠登録料 1~3年目 毎年8,500円、4~25年目 毎年16,900円
- 電子化手数料 1件2,400円+書面枚数×800円
- 代理人手数料(代理人を依頼する場合のみ)
意匠の登録に必要な条件
意匠権登録にあたっては、意匠が一定の条件を満たす必要があります。主な意匠登録の条件例は以下のようなものです。
◇工業上利用できる意匠であること
出願された意匠が、意匠法上の「意匠」に該当しない場合や、工業的に量産し得るものでない場合は意匠登録を受けることができません。
工業上利用できる意匠にあてはまらない意匠とは、以下のものをいいます。
- 意匠法上の「意匠」でないもの
- 工業的に量産できないもの
◇今までにない新しい意匠であること(新規性)
出願時に、既に市場に出回っている意匠、あるいは刊行物に記載されたり、インターネットに掲載されたりした意匠と同一または類似の意匠は登録を受けることができません。既に社会に公開された意匠は需要を喚起せず、独占権を付与するとかえって産業の発達を阻害することになるからです。
以下の意匠と同一または類似の意匠は登録できません。
- 日本または外国で公然知られた意匠
「公然知られた」とは不特定の者に秘密でないものとして現実に知られている状態をいいます。 - 日本または外国で頒布された刊行物に記載された意匠
「頒布」とは刊行物が不特定の者が見うるような状態に置かれることをいい、現実に誰かがその刊行物を見たという事実は必要としません。「刊行物」とは公開することを目的として複製された文書図画や情報伝達媒体をいいます。 - インターネット上で開示された意匠
意匠法では「電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった意匠」と規定されています。
出願前に何らかのかたちで公開してしまった場合、出願時に「新規性喪失の例外規定」の適用を受ける必要があります。複数のSNSで公開した場合は、それぞれのプラットフォーム上での公開事実について、例外適用を受けなければなりません。
◇容易に創作できたものではないこと(創作性)
出願時を基準にして、日本または外国で公然知られた形状、模様等に基づいて、容易に創作できた意匠は登録を受けることができません。創作性の低い意匠は保護価値がないばかりか、独占権を付与すると権利が乱立し、かえって産業の発達を阻害することになるからです。
◇他人よりも早く出願した意匠であること(先願主義)
同一または類似の意匠について、複数の出願があった場合、原則として、先に出願された意匠のみが意匠権として登録されます。意匠権の独占排他性を確保し、存続期間の実質的延長を防止するため、重複登録を排除する必要があるからです。
◇先願意匠の一部と同一・類似でないこと
先に出願された意匠が登録されて意匠公報に掲載された場合、その意匠の一部と同一または類似の意匠は、意匠登録を受けられません。このような意匠は新しい創作とは認められず、保護価値がないからです。
なお、先願と後願の出願人が同一の場合は、先願の意匠公報発行の前日までに出願すれば、先願の意匠の一部と同一または類似の意匠について意匠登録を受けることができます。
また、自身の登録意匠(本意匠)に類似する意匠を関連意匠として出願することで、先願の意匠の一部と同一または類似の意匠を登録できます。関連意匠は、基礎とする本意匠等の出願から10年を経過する日前まで登録可能です。
◇公益的不登録事由に該当しないこと
意匠権を付与することが公益に反するおそれのある意匠は、意匠登録を受けられません。
- 公序良俗を害するおそれがある意匠
- 他人の業務に係る物品、建築または画像と混同を生ずるおそれがある意匠
- 物品の機能や、建築物・画像の用途を満たすために必然的に形状が決まる意匠