海外で商標を用いてビジネスを展開するためには、進出する国で商標権を取得する必要があります。
外国で商標を登録するには、各国への個別出願(直接出願)、国際登録(マドプロ)出願、欧州連合商標(EUTM)出願の3つの方法があります。
この記事では、海外で商標登録する各方法のメリットとデメリット、日本と外国の商標制度の違いを解説いたします。
◇目次
海外で商標登録をする必要性
商標の保護は、世界的に属地主義(その国の範囲内でのみ保護されること)が採用されています。つまり、それぞれの国で商標の保護を受けるには、各国の法律に基づいた商標登録や商標権の取得が必要です。
たとえば、日本で商標登録をした場合、その効力は日本国内に限定されます。日本以外の国で国際的に模倣品や偽造品対策をするには、各国で商標登録を行います。
日本で商標登録した商品を海外展開しようとする際、その商標が外国ですでに第三者に登録されていたとします。その場合、海外での販売名称を変更せざるを得ないことがあります。
また、海外での第三者による商標の無断登録を無効にするとしたら、莫大な費用と時間がかかる可能性もあります。
ブランドの確立、サービス・商品の国際的な展開視野に入れている場合は、外国での類似品を防止するために、外国における商標登録出願の戦略を早期に立てる必要があります。
外国での商標登録の出願方法には、大きく3つあります。各国への個別出願(直接出願)、複数国に一括して手続きを行う国際登録(マドプロ)、欧州連合(EU)加盟国に一括で手続きを行うEUTM出願です。
各国への個別出願(直接出願)
個別出願(直接出願)の場合、商標登録したい国の所管官庁に対して、直接、出願手続を行います。商標を登録したい国の様式に従い、各国の言語で書類を作成します。
また、外国で出願する場合には出願国の現地代理人への依頼が必要です。多くの国では、その国の資格を有した代理人だけが特許庁に対して代理手続きができるためです。
たとえば、米国では、米国内に居住していない個人や事業所(本社)がない法人が商標登録の出願人である場合、米国で資格のある弁護士による代理が必要という要件があります。また、出願に対して拒絶理由通知が来た場合の対応は、現地代理人しかできない国もあるため、それぞれの国の要件を事前に知っておきましょう。
<メリット>
- 登録したい国数が2、3カ国程度までであれば、マドプロ出願をするより費用が抑えられる場合が多い(ただし、国によって費用が異なり、代理人費用のウェイトも大きいため、この限りでない場合もあります)
- 国によって商標や指定商品役務の内容、出願人を変えることができる(マドプロ出願は、日本での商標出願・登録を基とし、変更ができない)
- 各国の現地代理人を通じての出願となるため、その国での出願内容や権利関係などについてきめ細かい対応が可能
<デメリット>
- 商標権を取得したい国ごとに現地代理人が必要となるため、国が増えればそれだけ費用や手間がかかる
各国への個別出願の費用の目安
各国への直接出願には、日本と同様に出願費用や登録費用、このほか登録が拒絶された際の対応費用などがかかります。出願にかかる庁費用は、出願先の国や、出願する区分の数によって異なります。また、現地代理人の依頼にも費用が発生します。
国際登録(マドリッド制度を利用した商標登録)
国際登録とは、マドリッド協定議定書(及びマドリッド協定)に基づく商標の国際登録のことです。通称「マドプロ」と呼ばれます。
マドリッド協定議定書は、スイス・ジュネーブの世界知的所有権機関(WIPO)が国際事務局として管理する登録簿に商標が記録されることで、指定締約国において商標の保護を確保できることを定めた制度です。
なお、国際登録は単に国際事務局の管理する登録簿に記録されたことを意味し、直ちにすべての加盟国で保護が約束されるわけではありません。
マドプロ出願を利用して、日本国特許庁に願書を提出すれば、WIPOと指定締約を結んでいる複数国に対して一括手続きが可能になります。指定締約国は、米国やEU諸国をはじめとした世界中のマドプロ加盟国(114のメンバー※2023年8月現在)です。
出願後は、WIPO国際事務局から指定した国(事後的に指定を追加することも可)の官庁に指定があった旨の通知が送られます。各国ではそれぞれの法律に基づき、国際登録が出願された商標を保護できるかどうか所定の審査を行います。
保護が認められる場合、指定国から国際事務局を経由して商標の名義人に「保護認容声明」が送付されます。拒絶理由があれば「暫定的拒絶通報」が届きます。ただし、1年または18カ月等の所定の期間内に通報が届かなければ、その国での保護が認められたことになります。
<メリット>
- 手続きが簡便
日本の特許庁を通じ、複数の国に対して一括して手続きができる- 国際事務局への費用の納付は、単一の通貨(スイスフラン)で済む
- 一つの言語(日本の特許庁を通じて手続をする場合は英語)で手続が完了するため、各指定国に翻訳を提出する必要がない
- 経済的
マドプロ出願では、基本的には各国で代理人を選定しなくてもよいため、各国への個別出願の場合にかかる現地の代理人の報酬や翻訳料等がかからず、総額で大幅な経費削減が可能 - 審査が早い
各国の審査期間が、国際事務局の通知日から1年(若しくは18月)以内と決められている - 権利の一括管理ができる
更新等の手続は1通の書類で行える - 出願後、商標登録する国を追加できる
マドプロ出願時に指定しなかった締約国はもちろん、出願後に新たに加盟した締約国についても、追加で商標登録できる。また、追加した国も一括で管理可能。
<デメリット>
- 指定国が少ない(1~2カ国)の場合、個別出願に比してもあまり手間や費用面のメリットがないこと
- 指定国での審査の結果、登録を拒絶する旨の通知がきて当該国の代理人による手続が必要となる場合は、別途経費が発生するという点は個別出願の場合と同じ
- 国際登録日から5年を経過する前に基礎となる商標が拒絶されたり無効になったりした場合、国際登録された商標も取り消されてしまうという「セントラルアタック」に注意が必要。ただし、3ヶ月以内であれば国際登録を各指定国への国内出願に変更できる救済措置もある。その際、現地代理人費用が別途必要になることも覚えておく。
- 出願書類が1通のみで、各国の事情に応じた出願ができないため、各国特許庁から拒絶理由を受ける場合がある。
- マドプロ非加盟国(地域)*1で商標権を取得したい場合は、当然個別に出願する必要がある(*1たとえば台湾、香港、マカオ、ミャンマーなど)
<マドプロ出願の要件>
マドプロ出願をするためには、以下の要件を満たす必要があります。
これらの要件を満たすことで、国際事務局を通じた一括手続・管理が担保されます。
(1)日本ですでに商標出願、または商標登録されているものであること(基礎出願、基礎登録)
(2)マドプロ出願をする商標が、日本で出願または登録している商標と同一であること
(3)マドプロ出願の名義人が日本の基礎出願・基礎登録の名義人と同一であること
(4)マドプロ出願において指定する商品・役務が、基礎出願・基礎登録の指定商品・役務と同一またはその範囲内であること
国際登録(マドプロ)出願の庁費用の目安
日本から国際登録出願する場合は、日本の特許庁に納付する手数料と、国際事務局(WIPO)へ納付する国際手数料がかかります。日本の特許庁に納付する手数料は、「国際登録出願」として1件につき9,000円です。
国際事務局(WIPO)へ納付する国際手数料としては、「基本手数料」と、一指定国ごとに発生する「付加手数料」、標章の国際分類の数が3を超えた一区分ごとに発生する「追加手数料」、上記の手数料のほかに個別に手数料を支払う必要がある国への「個別手数料」などがあります。
種類 | 摘要 | 手数料額 |
---|---|---|
(a)基本手数料 | (1)標章が色彩付きでない場合 (2)標章が色彩付きである場合 | 653スイスフラン 903スイスフラン |
(b)付加手数料 | 一指定国ごとに | 100スイスフラン |
(c)追加手数料 | 標章の国際分類の数(MM2第10欄(a)に記載した区分)が3を超えた一区分ごとに | 100スイスフラン |
(d)個別手数料 | (b)付加手数料及び(c)追加手数料に代えて、個別手数料の受領を宣言している締約国を指定する場合 | 締約国ごとに定める額 |
基本手数料は、標章が色彩付きでない場合は653スイスフラン、色彩付きである場合は903スイスフラン、付加手数料は一指定国ごとに100スイスフラン、追加手数料は、標章の国際分類の数が3を超えた一区分ごとに100スイスフラン、個別手数料は締約国ごとに定められた金額がかかります。
たとえば、標章が色彩なしで、日本から「フランス(個別手数料なし)」「ドイツ(個別手数料なし)「米国(個別手数料設定あり)」の3ヶ国を指定し、ともに分類を5区分としてマドプロ出願をする場合は、
基本手数料 653スイスフラン
+付加手数料 100スイスフラン×2(個別手数料国を除くフランス、ドイツ)
+追加手数料 100スイスフラン×2(3区分を超える部分)
+個別手数料 460スイスフラン×5区分
=国際事務局への手数料支払総額 3,353スイスフラン
となります。
※上記庁費用は2023年8月現在の情報です
欧州連合商標(EUTM)出願
欧州連合(EU)で商標権を取得したい場合、EU各国へ個別出願する方法のほか、EU加盟国全域に対して一括で手続きを行う欧州連合商標(EUTM)出願があります。
なお、EU加盟国は2023年時点で27カ国であり、EU非加盟国である英国、スイス、ノルウェー、アイスランドなどについては、EUTM出願ではカバーできません。
EU加盟国以外でも商標を取得したい国がある、ヨーロッパに位置していてもEUに加盟していない英国をはじめとした国で商標を取得したい場合などは、個別出願(直接出願)か、マドプロの利用を検討してみましょう。
<メリット>
- 欧州連合知的財産庁(EUIPO)へ一括して1通の出願書での手続で、EU加盟国全域での商標登録が受けられる
- 現地代理人も1か所で済むため、EU各国へ個別出願するより費用が削減できる
- 商標の不使用は登録取消の原因となるが、EU加盟国のうち1カ国でも使用していれば、不使用による登録取消の対象とならない
<デメリット>
- EU加盟国のうち1カ国でも商標登録できない理由があり、拒絶査定されると、その効力がEU加盟国全体に及び、意見書の提出をして拒絶理由を解消しない限りは登録が認められない。この場合は、各国への個別出願へ移行することは可能だが、新たに各国での現地代理人費用がかかる。なお、EU加盟国の1カ国で登録商標が無効や取り消しになった場合には、ほかの加盟国の権利も消滅する。
- EU加盟国全域に対しての登録となるため、EU加盟国のうち数カ国を指定しての登録はできない。
- EUTM出願では、絶対的拒絶理由(識別力など商標自体による拒絶理由)は審査されるが、相対的拒絶理由(他人の先行商標による拒絶理由)は審査されないため、後から類似の先行商標が見つかり異議申立や商標権侵害の訴えなどがあるリスクもある
EUTM出願の庁費用の目安
区分 | 費用(ユーロ) |
---|---|
1 | 850 |
2 | 900 |
3以上 | 追加150/追加区分 |
※なお、商標登録時には必要ありません(0円)
EUTM出願にあたってかかる庁費用は、1区分850ユーロ、2区分で900ユーロ、3区分以上で追加区分1つあたり150ユーロです。つまり4区分出願した場合は900ユ―ロ(2区分)+150×2(追加2区分)で、合計1200ユーロとなります。
※上記庁費用は2023年8月現在の情報です
パリ条約における優先権の考え方
外国での商標登録をする際には、パリ条約における優先権について知っておく必要があります。
パリ条約は、特許や商標、意匠などの工業所有権を国際的に保護するための条約です。このパリ条約第4条で定められているのが優先権です。
パリ条約の同盟国において、自国で商標の登録出願をした出願人は、ほかの同盟国において優先権を得られるという内容です。商標の場合、自国の商標出願から6カ月以内であれば、優先権を主張できます。外国に優先権を主張して商標出願をすると、その外国における出願日ではなく、それより前の自国の商標出願日を基準として登録要件の審査が行われるというメリットがあります。
この優先権は、各国の直接手続きのほか、国際登録(マドプロ)や欧州連合商標(EUTM)における出願でも主張できます。
商標制度における日本と海外の違い
商標制度は、各国において異なっています。
日本と海外の商標制度の違いについてご紹介いたします。
[登録主義と使用主義]
登録主義は、商標を使用しているか否かによらず、登録することにより商標権を発生させる考え方です。日本をはじめ、中国、欧州各国など、多くの国では登録主義が採用されています。
これに対して使用主義は、実際に商標を使用することによって商標権が発生するという考え方です。
米国では使用主義が採用されているため、商標の使用証拠を提出しなければ、商標登録を受けることができない場合もあります。
なお、マドプロ出願では登録時の使用証拠の提出は不要ですが、登録から5~6年後に使用証拠の提出が必要となります。
また、日本の商標制度にも、使用主義の考え方が一部取り入れられています。
たとえば、商標登録を受けた後、登録商標が一定期間使用されていない場合には、登録取消を請求できる不使用取消審判の制度が設けられています。
[先願主義と先使用主義]
先願主義は、最も先に出願した者に商標登録が認められるという考え方です。
すなわち、他者が先に使用していた商標であっても、自分が先に出願すれば商標登録を受けることができます。日本をはじめ、中国、欧州各国など、多くの国では先願主義が採用されています。
これに対して先使用主義は、先に商標を使用していた者に登録が認められるという考え方です。
すなわち、同じタイミングで類似した商標が出願された場合には、先に使用した出願人に登録が認められます。米国では先使用主義が採用されています。
[審査主義と無審査主義]
審査主義は、出願された商標について、法定の登録要件が実質的に備わっているか審査する考え方です。日本をはじめ、中国や米国でも審査主義が採用されています。
これに対して無審査主義では、出願の方式的な要件や絶対的拒絶理由(識別力など商標自体による拒絶理由)は審査されるものの、相対的拒絶理由(他人の先行商標による拒絶理由)は審査されません。
相対的拒絶理由に該当するかどうかは、登録後の異議申し立てや訴訟などで判断されます。上述したEUTM出願やフランス、イタリアなどでは、無審査主義が採用されています。
[一出願多区分制]
現在、日本の商標制度では、一つの出願において複数の区分を指定することができ、一出願多区分制と呼ばれます。
これに対して、一つの出願において一つの区分のみの指定とする、すなわち区分ごとの出願とする制度は、一出願一区分制と呼ばれます。以前は、日本では一出願一区分制が採用されていました。
一出願多区分制では、多数の区分を指定しても出願手続を一つにまとめられるので、管理が簡単であり、費用が安く済むというメリットがあります。現在では、多くの国において一出願多区分制が採用されています。
しかし、多数の区分をまとめて出願した場合、拒絶理由のある区分が1つでもあると、出願全体として登録が認められず、中間対応が必要となるため、拒絶理由のない区分の登録が遅くなるというデメリットもあります。
このため、必要に応じて、あえて区分ごとに出願するケースもあります。
[同意書(コンセント)制度]
同意書制度は、商標を先に取得している権利者が、後から商標を出願した人の商標登録に同意することで成立する制度のことです。
日本では2023年時点では同意書制度は導入されておらず、出願された商標が先行登録商標と似ている場合には、審査によって拒絶されます。もしも先に商標権を取得した業者が、類似の商標の登録を認める場合には、類似の商標権を商標権者に一旦譲渡し、商標登録したうえで、再譲渡を行う手続きが必要です。(なお、2023年6月に不正競争防止法等の一部を改正する法律が成立・交付されましたので、2024年には日本にも同意書制度が導入される予定です)
たとえば、ニュージーランドでは、他人の先願登録商標と類似の商標が出願されたとき、先願登録商標の権利者の同意があれば、さらなる審査なしで類似の商標登録を認める「完全型同意書制度」を採用しています。また、米国などでは、商標権者の同意があっても審査を行う「留保型同意書制度」を採用しています。
[権利不要求(ディスクレーム)制度]
権利不要求(ディスクレーム)制度は、商標を構成する要素の中に識別できない文字や図形などの要素が含まれている場合、その要素については商標権者が独占排他的権利を要求しないという制度です。
なお、権利不要求制度は日本では採用されていません。中国では、権利不要求制度は法律等では規定されていないものの、実務上は採用されています。
まとめ
以上のように、海外での商標登録方法には、個別出願、マドプロ出願、EUTM出願があり、いずれもメリット、デメリットがあります。
また、日本と海外での商標登録制度の違いもあります。
このため、種々の制度を理解し、どのような出願方法を利用すべきか検討する必要があります。
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